【実話】親子の共依存|母親から全てを支配された男の末路

育児と教育

【実話】親子の共依存|母親から全てを支配された男の末路

彰吾さん(仮名:39歳)

「僕は母と縁を切ることができないんだ」

僕の家は母が全権力を握っていました。僕が小さい頃から「これがしたい」と言っても母が「そんなことを言う子はうちにはいらない」といつも僕の意見は否定された。だから僕は幼少期から母の顔色ばかりうかがって生きてきた。

地元の公立中学校に入学した時のことだよ。部活は何をしようかと僕が悩んでいた時、小学校時代から仲が良かった先輩や同級生から「野球を一緒にやろうぜ!」と声をかけてもらったんだ。それを両親に相談すると父は「野球か。良いんじゃないのか?」と賛成してくれたけど母は

「何を言ってるの!あなたはサッカーをしなさい!ママは野球よりもサッカーをしている男の子が好きだから」

そんなことを言われて僕は母に反論できず、あくまで「自主的」にサッカー部に入部することになった。このエピソードのように僕の人生で選択が必要な時には必ず「母が選んだ選択肢」を僕が自分で選んだようにして選択させられた。

進学する高校を選択する時も母が「あそこは実家から通えるから」ということで地元の工業高校に進学させられた。母はいつも僕に

「あなたはこっちが好きよね?あなたのことはママが1番知ってるから」と言って自分の希望を僕に押し付けてきた。

僕は工業高校を卒業後、「実家から通えるから」という理由で母が希望する会社に就職した。その会社で僕は認められて20歳の時、「幹部候補」に選抜されて研修も含めて東京本社に3年間転勤することになった。僕は自分が会社から期待されていることが素直にうれしかったから「さあ、頑張るぞ」と期待を胸にやる気に満ちあふれていた。

その日、帰宅してから両親に東京本社への転勤のことを伝えると父は喜んでくれたけど母は激怒した。

「あなたはうちの跡取りなのよ!東京になんて絶対に行かせないから!」

僕と父は「3年の期間限定だから」と母を説得したものの母の怒りは収まらなかった。翌日、母は僕が勤務する支社の責任者を訪ねて

「うちの子を東京に転勤させるなんて絶対に許しません!」

ヒステリーになってそんなことを叫んだらしい。そして僕の東京本社への転勤はなくなり、事実上「幹部候補」から外されて後輩が東京本社に転勤になった。僕はくやしくてその晩は布団の中で泣いた。「僕の人生なのになぜ母の思い通りに生きないといけないんだ」とね。情けなかった。

そんな僕も23歳の時、好きな女性ができた。近所に住む1歳年下の子でね。明るい性格で家族想いで、1年の交際の末「この女性とは明るい家庭を築ける」と思ってプロポーズをした。彼女は笑顔で承諾してくれた。

その翌週、僕の両親に彼女を紹介したんだ。父は「雰囲気が良い子じゃないか」と彼女を受け入れてくれたけど、母は何か不満そうで不機嫌だった。そして僕と彼女にこう言った。

「あなた達は私達と同居しなさい。これは命令よ。そして、あなた達夫婦の給料は全て私が管理します。必要な時に私が支給します」

突然、母からそんなことを言われた彼女は驚きを隠せなかったけど作り笑いで同居を承諾してくれて僕達は結婚をした。しかし、妻はこれから地獄のような結婚生活を送ることになるんだ。

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